最後の目標達成

  • 2013/05/14(火) 21:04:03

しばらく振りに更新します

年明け、新年の挨拶時、私の息子と娘に高校入学、中学入学のお祝いを自ら渡しに来るのが次の目標だと言って頑張っていた父、

すっかり緩和治療に切り替わり、抗がん剤を打たなくなった分、身体が楽になったのか、腹水が溜まる苦しさを水抜きで対応し、腸の動きが悪くなり、自力の排泄が困難になって、腹痛を起こし、病院へ数度入退院を繰り返したものの、

約束通り、3月10日(日)、自らの運転で、助手席に母を乗せ、埼玉から千葉への約56kmの道程を行き帰り運転してやって来ました。

痛み止めと整腸剤を飲んでいたようですが、私が用意した黒豆の蒸しパンとドリップコーヒーを飲み、トマトツナリゾットを食べてくれました。

どんな高価なものより、娘の手作りをこよなく愛してくれていた父に、心からの感謝を込めて、用意しました。

なんでも、食べ物の味が、全て甘くなるらしく、何を食べても同じ味になるんだと話してました。だから、塩気の効いたリゾットは美味しかったと見えて、美味い と言って食べてくれたのを思い出します。

前の週には同じ年頃の娘を持つ弟宅へ同じくお祝いを届け、我が家が最後だったようです。

その翌日、今までずっと嫌がっていた緩和病棟に自ら行きたいと、入院したそうです。


ココロの傷

  • 2013/01/27(日) 22:31:03

『オレのため?オレが殴られても一度も止めてくれなかったくせによく言うよ!ごめんなさいなんて言って済むと思ってんの?』

これは、今年に入って2回ほど息子から言われた言葉です

息子が小さな時から、ちょっとしたことでカッとしては息子を殴り怒鳴り付けてきた主人を止められなかった勇気の無い母親の私を責める発言です。

10年以上前、そんな弱い自分が藁をも掴む気持ちで縋ったSTEPとマザーゼミ。

子供のココロ、子供とのコミュニケーション、子供との関わり方、ずっと学んで、自分が出来なかったことを少しずつ反省しながら中3のここまで育ててきて、ようやく大人に成り掛けて来てくれたなぁとホッとしようとした矢先、10年間は何だったんだろうと思わされてしまうほどのショックでした。

自暴自棄になって叱られる度名札の針を自分の手の甲に刺してみたり、叱られる度ベッドサイドに頭を叩きつけて『ぼくなんか居ないほうが良いんだ』と泣いていたり、私の留守中に流しで紙を燃やして火遊びしていたり、おねしょが6年生まで止まらなかったり

沢山の事を精一杯フォローしてここまで連れて来たつもりだったのに、息子のココロの傷は深いのでしょう。

息子は今、ようやく主人と私に復讐をしているのだと思います。

明日高校の合格発表です。私立の高校です。お金が掛かります。それでも息子のやりたいことがあるならと受験を許可しました。

主人に対して『死ねば良いのに』とか『いつか殺してやる』とか息子は言います。

そんな時、お父さんが居なくなったら、学費出せないよと言うと

『別にお金は、オレを殴ってきた慰謝料だから』と言い返してきます。

一時的な感情で発しているのかもしれませんが、聞いていてどちらの発言も棘があります。

息子の痛んだココロのささくれが私に突き刺さります。

親子だからといって愛し合わなくてはいけないわけじゃないんです。

怨まれていても良い

そう思うことにしました。

ただ、どう思われても、息子が幸せになることを考えてあげようと決めました。

どんな暴言を吐かれても傷ついちゃいけないんです。

その復讐の暴言に対してだけは感情を持ってはいけないのです。

そうでないと私自身が倒れてしまうから、折れてしまうからです。

今更過去は消すことは出来ません。

私には理想の家族は作れないんだと思います。それは、私が描いていた恋愛が続く結婚生活が、ほんの1、2年で夢のように消えたのと同じく、今の我が家が現実だと言うこと。

理想の夫婦も
理想の家族も
私には作れないという現実

それを今日から受け入れようと思います。


今年も元気に

  • 2013/01/04(金) 08:54:10

今年も1日に、実家へあいさつに行きました

ここ数年、元旦には、弟も、妹夫婦も集まり、お昼は新年の初会食です

弟は、2日から仕事もあると言うこと(中間管理職はつらいね!)で
お嫁さんと2人の子供達はあちらの実家へ行っていていつも不在
それぞれの夫婦のやり方がありますから^^;

妹の長男は大学生になって、アルバイトを始めたため、やはり仕事で欠席
それでも、自分のいとこ達(私と弟の子供達)に『お年玉』をくれました

私も弟も「うちの子たちにはできないなぁ^^;」と言い
妹の育て方が良かったんだねと感心しきり
どこにもそのうちのやり方がありますからね

そんな小さな家族の集まりでしたが、自分の子供達が集まってくれた新年初の顔合わせ、会食では、母の手作りが沢山並べられて
美味しく、楽しくいただきました

父の具合が、思っていたより良いようで、母の気が緩んだのか
父より母がマスクをして、咳き込んでいました
「大丈夫?無理しないようにしてね!」とは言ったけれど、それは無理難題だよね

妹と話したら、「仕方ないよ、病人抱えてるんだから、皆同じだよ」と
さすが、息子を一人病気で亡くしてるだけあります
妹は穏やかでした
大事な息子の置き土産チワワの『ライト』を大事に育てています
妹家族を『ライト』は照らしてくれているんでしょうね

我が家は、『お年玉』に釣られ、2人とも一緒に出席
でも、来年はどうなるでしょうか?

今月入試がある息子、今月末には結果も出ます
春からは高校生に…なれるはず
娘は、春から近隣の中学校へ通います

いつも目標を持って、頑張って来た父
次の目標は、「お祝い」を持って孫たちの家を回ることだそうです

『目標』を持って生きる
この言葉は、父の為にあるようです・・・
病院の先生も驚くほど、父は元気に見えるんだそうです
…だから、怖いです

母にとってはいつも『爆弾』な父です
それでも、やっぱり少しでも長く生きて欲しい
その願いは娘として止みません

私の誕生日に

  • 2012/12/25(火) 08:30:10

誕生日を祝いにかこつけて

末期のガンと闘う父と母が家に遊びに来てくれた

いつもと同じく
沢山の野菜とお土産を持ってきてくれた

行きも帰りも1時間半から2時間の道程を運転している人が末期のガンと闘う人とは誰も思わないだろう

父は、本当に強い人なんだと改めて思った

抗がん剤投与を受けていた頃に比べ顔色は赤くなっていた気がするけれど、それが調子が良いのか悪いのか判らない

ただ、本当に痩せた
あんなに体格の良かった人が、今は、骨格が判るくらい痩せた

胃が無い
歯茎も半分無い
腸の働きも鈍くなってる

消化機能は唯一唾液酵素だけ

私がお昼に用意したものは
・チーズ入りふわふわオムレツ
・マッシュかぼちゃのサラダ
・温豆腐 おかか乗せ
・ほうれん草のバター炒め
・おかゆ

全部すこーしずつだけれど

出来るだけ咀嚼に負担の掛からないものを考えて用意した

そして、父は完食してくれた

どんな高級料理よりも娘の手作りを一番と思ってくれている父を知っているから

出来るだけ自分で作った

自宅に帰った母から『お父さん、美味しかったって喜んでいたよ』とメールが届いた

お正月に新年の挨拶に行くよと約束して、父と母を見送ったけれど

後何回父に会えるかな?

いつか来る日を考えないわけじゃないけれど、その日はずっと先であって欲しいと願う

『病人が、気力、精神力で頑張ってんだぞ!(お前も頑張れよ!)』と隣に座っていた私の腿を叩いた父の手は、細くて棒の様だったよ

生きなきゃ!
子育て頑張らなきゃ!

って思ったんだ
母が言ってた、来年
『金婚式』だって

25年前、まだ私たち兄弟誰も独身、学生だった
あの時、花束プレゼントして家族みんなでお祝いして写真撮ったね!

『金婚式』
またみんなで写真撮りたいね


中3の息子と小6の娘

  • 2012/12/13(木) 08:16:37

父親にいつも殴られ、叩かれ、叱られてばかりの小学生時代までを過ごした中3の息子は、中学に入学して『柔道』と出会った

持って生まれた体格と、力で、知らない間に『強い選手』になっていた

その『柔道』が、今彼の進路を作ってくれている

お勉強よりは、傷んだ心の修復に努めてきた私

彼の性格、人柄なのか、なぜかいつも友達には恵まれ、いつも友達に助けられてきたようにも思う

よくここまで頑張って来たね!

と思う


父親に叱られることも滅多に無く、自由奔放に育ってきた小6の娘

自分で考えて、やりたいことを、自分に不足してることを選択してやって来た

『こうしたい』があるから応援のし甲斐がある

出来るだけやりたいことができるようにサポートしてあげたいと思う

そんな娘も、今友達関係で悩んでいる

普通に、順調に育っていると実感している

2人とも、私の子供達

父親に多少の難があろうとも、この2人を大事にしたいな

大事に育てたいなと改めて思う


今夜、中3の息子は受験願書を書き始める

娘は、ずっとやりたいと言っていた、ドラムの体験会に出掛ける


さて、また、ここで仕切り直し!

母、頑張ります!!!